井伏鱒二の「勧酒」の詩訳を読んで思ったこと。

今日から新しい家からの出勤になります。

 

そういう意味では、個人事業主になって初めての電車通勤です。

 

なんか色んな意味で新鮮でした。

 

それとやっぱ同時に懐かしい気分にもw

 

 

ここ数年は、朝起きても半分くらいは寝ぼけ眼で歩いて事務所へ。

 

事務所に着いてもまだ眠いからからなんとなくネットサーフィンとかで目を覚ます感じ。

 

ぶっちゃけ、今回の引越しは最初は反対でしたが話し合って決めて最後は納得したこと。

 

決めたからには全部+思考でいきたいところです。

 

その1つにやっぱ電車に乗るのは色んな意味で勉強になる。

 

さすがにこれから毎日同じような刺激を受けるわけはないと思うけど

僕が毎日サラリーマン電車通勤してた時よりも

 

・スマホ閲覧者の大幅な増加

・窓上広告枠のスカスカな状況

 

といった事象は明らかに時代の流を感じました。

 

 

コロナ問題があるからそこまでの満員電車じゃなかったけど

明らかに乗客は少なく何よりも驚いたのは、

 

・新聞購読者の大幅な減少!

 

と、

 

・本を読んでいる人の大幅な減少!

 

っすねー

 

「あのオジさん、絶対に10年前なら

 スポーツ新聞っしょ」

 

「今日はジャンプとスピリッツ発売日じゃね?

 なんでこんなに少ないの?」

 

「そこの若者!今週の

 鬼滅の刃が気にならないのか?」

 

 

ただ、この前の僕のFacebook投稿記事じゃないけど

 

これまた全部デジタルコンテンツで対応しているのかも?

 

な~んて考えてたら、速攻で下北に着いてしまった。。

 

正直もっと乗ってたかったけど、これまた最初だけでしょうw

 

 

とにかく、また違った意味での

 

「Re Start」を楽しんでいこうと思います。

 

 

昨日のメールじゃないけど、ここ数日完全に仕事したい!モードの禁断症状が出てたので

 

今日は早めに出社して気合い入れて進めました。

 

もう1つ巻きで仕事した理由の1つに今日の午後、

地方でエリートサラリーマンとして活躍している大学友人と会う予定があります。

 

本音としては久しぶりの事務所なんで10時間くらい作業だけに没頭したかったので、

タイミング悪いな~と思うもこれまたしようがない。

 

最近読んだ本の中に

 

「相談は基本、断らない方がいい」

 

という内容があり、かなり共感できたので実行しようと思います。

 

 

やはり定期的に「新しい出会いが無い」人間は過去の人脈に固執する傾向にあります。

 

人間は執着する生き物だからこの「固執」によって酷い状況に陥ることが多々ある。

 

また、同じような人とだけ長い時間を過ごすと

恐ろしいほど、成長が止まります。

 

そういう表現をすると、人間関係も焼畑農業的に聞こえるかもだけど、

僕にとっての新しい出会いの意味は少し違って、純粋な新しい出会い だけでなく

 

・「再会」

 

も、僕の中では新しい出会いに含まれます。

 

 

7年も形を変えコミュニティっぽいことをやっておりますが

僕のコミュニティの特徴として、「出戻り」が多いというのがあります。

 

「出戻り」の本来の意味は、嫁いだ女性が離婚したり、夫が亡くなったりして生家(実家)に戻る意味でしたが、

 

今はそこから派生して、会社を1度ヤメたけどまた戻ってくる時とか色んな意味で使われます。

 

 

つまり、一度は僕のコミュニティをヤメて

また数年経って戻ってくる、、みたいな。

 

これは長く活動しているから起こるものでもありますが

個人的にはこの出戻りは嬉しいです。

 

・あの時の三浦さんは怖すぎた

・あの時の三浦さんの言っている内容が今、やっと分かってきた

 

みたいな言葉が多いけどw

 

 

久しぶりの「再会」後、お互いの知らない時間・空間を埋めることから始めることが嫌いじゃ無い。

 

むしろ、自分の知らないその人の人生を垣間見えたり

驚くほど成長したりする人もいて刺激になる。

 

 

今日会う大学の友人も別に友達という意味だけじゃなく

「ビジネス」という観点でも「再会」に部類されます。

 

さすがに数年前は会う気にもなれませんでしたが

今は少しだけ心の余裕ができたので行動に移れたりします。

 

 

ずっと、個人事業主になってから

 

・来る者絞りまくり、去る者追わず

 

でしたが、自己成長の為にも、もう少しだけ

 

・来る者拒まず、去る者追わず

 

といった、本来の格言的な行動をしていこうと思いますw

 

 

いかんいかん、、もうこんな時間か、、

 

早くきたのに時間経つのはえぇーーー

 

まだやることたくさんあるので、スピードアップしますぜい!

 

 

 

今日なんとなくこのメルマガを書いた理由として、

 

コピーライティングのコンテンツを作りたくて色々資料を漁ってた時にある1つの詩訳に出会ったからだったりします。

 

(詩ではなく詩訳というのが重要)

 

唐代の有名な詩人 于武陵(うぶりょう)という方の

「勧酒」という詩があります。

 

この詩が日本で有名になったのは実は于武陵の直訳じゃなく

井伏鱒二さんの絶妙な訳から有名になった模様。

 

いやはや、なるほどねー

 

直訳と井伏鱒二訳を見比べて一気にその理由が分かりました。

 

 

本来の意味と、微妙に違う井伏鱒二の訳、2つを記載します。

 

先ずはご覧ください。

 

 

<和訳(直訳)>

 

君に この金色の大きな杯を勧める 

なみなみと注いだこの酒 遠慮はしないでくれ

花が咲くと 雨が降ったり風が吹いたりするものだ 

人生に 別離はつきものだよ

 

 

<井伏鱒二訳>

 

コノサカヅキヲ受ケテクレ

ドウゾナミナミツガシテオクレ

ハナニアラシノタトヘモアルゾ

「サヨナラ」ダケガ人生ダ

 

 

お分かりですか?この違い。

 

ここからは勝手な僕の分析ですが、きっとこの違いは

最後の一文にあると思われます。

 

 

■ 人生に 別離はつきものだよ

 

別れを悲しんでいる人を慰めている感じ。

 

 

■ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ  

 

別れを前向きに捉え、前に進もう!という応援メッセージ

 

 

やっぱ「KOTOBA」は深い……

 

しかも、井伏鱒二さんの訳はカタカナ+漢字で表記される。

 

 

・・・普通、その組み合わせは無いっしょw

 

 

ただそうした意図・微妙なニュアンスを楽しめたらあなたも

 

「KOTOBAマスター」です。

 

 

ではではw

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